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2014/01/05

婆さまの旅


それで面倒になって
荷札は破いてしまったんだ
大きい鞄は置いていくよ
大事なこの小さい鞄だけ持っていければいいや
最初からそうすりゃよかった
大事なもの以外は大事じゃないんだからね
持っていかなくてもどうにかなるさ

そう言うと婆さまは、葉巻の火を木になすりつけて消した。
「不味い葉巻だね。ポーカーで勝ったからせしめてやったんだけれどね。貰ったばかりのパンか葉巻しかないっていうもんだからさ。食べ物を取り上げるのはよくないから葉巻にしたんだけど、パンにすりゃよかったね」
念入りに消した葉巻をハンカチに包んで、ポケットにしまいながら婆さまは立ち上がった。
右手でトントンと叩きながら腰を伸ばした。
「ここは暖かくていい町だった。何より住んでいる人間の性質がいい」
決して性質が良さそうには見えない婆さまは、灰色のコートから出ている小豆色のスカートの裾の草っぱを払ってから、灰色の毛糸の靴下を引っ張り上げた。
「もう行くよ」
と言うので、行ってらっしゃい、と答えた。
「あんた、あたしがまた帰ってくると思っているのかい?」
帰りたくなったら帰ってくるし、そうならなかったら帰ってこない。
「まあ、そりゃ、そうだわな」
婆さまは小さい鞄を持って道を歩き出した。
僕はその背中が、丘の向こうに消えるまで見送った。

それっきり、婆さまの姿は見ない。
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